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Fe(=10)

例えば、二十歳の頃。
頭ん中でこねくり回した事柄を友達の前で披露して、
「へぇ、そんなに色々考えてるんだ……」なんて感心されて。
だけど歳取った今、同じ事柄を当時の自分と同じ年頃の子の前で話したら、
それって単なるオヤジの説教なんだよね。

僕は、その答を知ってるよ。
君は、その問の前で立ち止まっている。
だけれど教える事は出来ないし、教えたところで理解はされない。

自分で気付かなければ答にはならないし、
その答さえ、常に変化している。今も変化している。
そして世の中は、元々ずっとそういう風に回ってきたのだとも思う。

自分の考えを語るということを、気が付けばしなくなった。
何も考えなくなった訳じゃないが、わざわざ人前で語るほどの事は少ない。

自分が何を考え、何に怒り、何に笑い、何に厭きれたのかを、誰かに知って欲しかった。
少なくとも僕は、ほんの数年前まで、そうだった。
しかし自分が世界を救える訳では無い事や、世界を変えられる訳では無い事に、
僕等は何となく気付いていくんじゃないかな。何となくだよ、本当に。
諦めでも無く、只、何となく気付くんだ。


342.jpg


ジョイサウンドとダムの違いなんて聞かれても、僕には関係ない。
ジャイアンツとタイガースのどちらが好きかと聞かれても、僕には関係ない。
サブ・カルチャーの素晴らしさを力説する奴ほど信用ならないモノは無いし、
かといってオリコン・チャートを追いかける奴とは友達になりたいと思わない。

肥大した自我が可愛いのは二十五歳までだ。
知ってるよ。あとは単なる中年予備軍の成熟できない戯言に過ぎない。
同級生だった女達は、本日も田舎町のカラオケで女子会を開き、憂さを晴らしている。

僕に出来る事は何だったのかって、今でも考えるよ。
それを今やれ、今すぐに、とも思う。ところが僕には出来ない。
出来るはずだと思いながら、結局は何もしないし、結果、何も出来ない。

偉そうに格言めいた愚痴を溜め込むばかりで、僕に出来る事といえば、
同級生だった女達のルームに、色鮮やかなカクテルと、ポテトを運ぶ事くらいだ。
カシスオレンジ・ワン。ファジーネーブル・ツー。フライドポテト・オーケー?

「今日、早上がりしたい」

ピーチ・リキュールにオレンジ・ジュースを注ぎながら、鳴島音が言った。

「何で」

軽く三周、ステア。
安いオレンジ・ジュースは、色合いで判る。
音が氷を放り込むと、オレンジ色に乱暴な音色が混ざった。

「明日、ライブ打ち合わせ」
「うん」
「ポテト、そろそろ揚がる」
「うん」

グラスを三杯、トレイに載せ、片手で持ち上げる。

今ならば出来る事は、今だから出来る事だ。
パスワード染みた日常を積み重ねている内に、僕は正しさとは何かを知った。
だけれど僕の知った正しさが、全てにとって本当の正しさなのかは知らない。
僕が知ったのは「このパスワードで扉が開く」という事実だけだ。

たまたま開いてしまった扉を眺めて、それが正しいと信じる姿は滑稽では無いのか。
偶然、扉が開いた部屋に堂々と入り込み、さも正解者らしき顔を自堕落にぶら下げ、
不正解を積み重ねる社会人を発見するのに、さほど苦労はしない。

音は年下の、バイトの先輩だ。

「夢で食ってくの、大変なんだよ」
「へぇ、何が」
「食えた瞬間から、それが夢じゃ無くなるのが」

言葉使いは粗雑だが、外見上は誰が見ても女だ。
食えた瞬間と言うが、正に今バイトをしているくらいで、夢で食えている訳ではない。
ライブの打ち合わせと言うけれど、何のライブなのかは訊いた事が無いので知らない。
恐らく鳴島音という名前からして、音楽だとは思うが知らない。

賑やかな色のカクテルの横に、揚げたてのフライド・ポテトを乗せる。
伝票の半券。19号室。同級生の女達のルーム。
「何やってんの、早く」
音に急かされ、僕は歩いた。

迷路のような通路にはとっくに慣れたし、
左右の扉から漏れてくる、見知らぬ下品な爆音にも慣れた。
防音対策? まず自分の耳と自分のボリューム調整力に文句を言えよ。

19号室の前。扉。聴こえてくるのは四、五年前の流行曲。
曲名は知らない。歌ってる奴の名前は忘れた。サビの歌詞だけ覚えてる。
確か、「何度でも~叶うさ~夢は~」――女達の合唱が聞こえて、僕は扉を開けた。

「失礼します」

ルームは薄暗く、爆音に紛れて僕の声は聞こえない。
女達は歌とモニター画面に夢中で、僕の存在にさえ気付かない。
サビが近付き、また合唱が始まった。「何度でも~叶うさ~」――夢が?

くだらない。
トレイを持ったまま軽く膝を折り、
枝豆の散乱したテーブルの隅に、新しいカクテル・グラスを置く。

「遅い」

騒音の隙間から、放り投げるような声。

「え?」
「もっと早くオーダー持ってきてよ」
「あ、」

同級生は、相手が僕と気付かぬ様子で、酒に酔った顔を近付けた。
暗がりに点滅するカラオケPV映像。聴衆は意味も無くタオルを回転させる。
アルコール臭い息。――「はい、申し訳ございません」
空のグラスを回収しながら、小さく唇を噛む。

「カシオレ、すぐ持ってきて、どうせ遅いから」
「飲み放題はグラス交換――」
「飲むから」

立ち上がり、頭を下げて部屋を出る。
反論? 無いな。高校生のアルバイトじゃあるまいし。
理不尽な客からの要望に、いちいち腹を立てるなんて馬鹿の作法だ。

彼女達の名前は何と言ったかな。
同級生という事は覚えているけれど、名前は知らない。
多分、忘れてしまった。初めから覚えてなど居なかったのかもしれない。

「ポテト、そろそろ揚がるって言ったじゃん」

厨房に戻ると不機嫌そうな声で、音が言った。

「ごめん、先にカシオレ」
「何それ」
「19号室の追加オーダー」
「ポテトは?」

焦げたポテトの山を乱暴にゴミ箱に棄てながら、音は僕を見た。
僕は目を合わせなかった。カシス・リキュールにオレンジ・ジュースを注いだ。
真っ赤に透き通っていた赤が、オレンジ色に侵食されていた。僕は只、それを見ていた。

「言いたい事あんならさ、言いなよ」

グラスに氷を放り込み、軽くステアした。
文句? 反論? 無いな。高校生じゃあるまいし。
思い通りに進まない物事に、いちいち腹を立てるなんて馬鹿の作法だ。

「君は棘を失くしたのだな。
 良い事なのか、悪い事なのか、僕には解らない。
 他人を傷付けるだけの棘ならば、早い内に失くすべきだ」

音が言った。

「しかし忘れないように刻み付けたかった記憶は、
 あの後悔は、どう処理するのだ」

リズムが聴こえるような言葉だった。

「綿毛のように飛ばせば良いさ」と、音は言った。

「何それ」
「別に、何だっていいじゃん」

音は冷凍されたままのポテトを高温の油の中に入れた。
瞬間的に溶けた温度は泡となり、油の中で跳ねた。
僕は新たなカシス・オレンジをトレイに乗せた。
あまり綺麗な赤色では無いなと思った。

記憶や後悔を(それに伴う責任を)僕達は忘れるだろう。
多分、忘れてしまった。初めから覚えてなど居なかったのかもしれない。
しかし、まだ動いている、胸の奥で。
動く。蠢く。囁く。

また静かに、此処で騒ぐ。
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[ 2011/02/17 02:06 ] 小説 | TB(-) | CM(-)
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