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何でもない話をしよう。

書こうと思えば何時でも書けるさ、なんて思っていたけれど、
文章なんてモンは、日頃から書いていないと、どんどん書けなくなるものだ。
毎日のように書いていた言葉を、あまり書かなくなって久しい。

書き続けている人には勝てない。
勝ち負けではないけれど、感覚は鈍っていく。
それで何かを書こうと思ったのだけれど、書きたいことが見当たらない。

わざわざ言葉にしなければならないことなんて、とても少ない。
大半は自分の胸に秘めておくことで何とでもなるし、
気に入らない状況を変えたいと願うとき、言葉はとても無力だ。

不言実行が最も尊いと言われているように、行動の前で言動は儚い。
100の愛の言葉を重ねるよりも、たった一秒手に触れることの方が、ずっと愛しい。
ならば言葉は何の為にあるのかって、何の意味も無かったのかって、そんな訳ないだろう。

言葉とは、その尊い行動に満たない、まだ幼く拙い感情を、青い願望を、
要するに、形になりきれない何モノかを、形ある何モノかにしようと、試みる作業だ。
(それはどれほど大人になろうと、満たされようと、きっと誰もが同じだろう)

好きだ、と僕が言う。
助けてくれ、と君が言う。

ティッシュ一枚とって、と君が言う。
僕はティッシュを二枚とる。
すると一枚でいいのに、と怒られる。

給料をあげてくれ、と彼が言う。
利益をあげなさい、と所長が言う。

正解は二つ。
増やすか。減らすか。
おっと、もう一つ。留まるか。

そして、つまり、
形になりきれない何モノかを、形ある何モノかにしようと、試みる作業は、
子供から大人へと生育する過程の、ほんの一瞬にも似ている。

言葉に成り切れない言葉は、行動にさえも成り切れず。
言葉にする時、それは成熟できない感情を吐き出す行為にも似ている。
無論、全ての言葉が、そうだという訳ではないが。

最近、不意に煙草が吸いたくなる。
吸うのを止めて二年経つのに、まだ吸いたくなるんだね。
こんな適当に見えて、意外と仕事のストレスが溜まっているかもしれない。

仕事――というか歳を取るとはどういうことか、最近少しだけ解ってきた気がする。
僕が子供の頃、僕よりずっと年上の、というより爺さん婆さん達の世代が、
戦争時代の話とか「昔はこうだった、それに比べて今は(楽になった)」という話を、
色々な場所で話しているのを聞いて、子供心に理解しようとはしたけれど、
結局、理解できなかった。当然だ。経験したこと無いんだから。

戦争なんて体験したこともないし、その恐怖も、敗北感や虚無感も、
そこから先の驚異的な復興も、高度経済成長も、その代償といえる悲惨な公害も、
何も知らないまま、僕が生まれた頃には、当たり前のように家にはカラーテレビがあって、
一家に一台、自動車があって、洗濯機と掃除機があって、大きなステレオがあった。

それは、当たり前のことだった。
それが無い状態を知らないのだから、当たり前のことなんだ。
今の子達はテレビばっかり見て、私達が子供の頃は……なんて言われても、
そんなこと言われても困ると思っていた。
もしテレビが無ければ、観ないかもしれないが、在るんだから仕方が無い。

そんな僕達の世代にも、当然「初めて」があった。
親に頼んで、やっとの思いでテレビゲームを買って貰った日。
自分の家の見慣れたテレビで、ゲームが出来るなんて、信じられなかった。

だけれど、それを今の小さな世代の子達に説明して、その感動を伝えようとしても、
初めて家に冷蔵庫が来た日の婆さんの話くらい、きっと退屈なんだろう。

戦後日本が復興してきた話も、幼い僕等にとっては、似たような話だった。
食べる物が無かった話も、娯楽も、便利も、教育の充実も、その全てが、
今、此処にあるものなのだから、何とも感じなかった。

それが、子供だった、ということだ。

俺達の頃は……と語りだしたら、歳をとった証拠だ。
そして、そんな話の大半は、若い世代には、どうせほとんど伝わらない。
そういう諦めが、最近の僕の中にはある。言葉で伝えられるモノなんて少ないのだ。
それで大人になってしまって、大人になったという気がして、何も言わなくなる。
そのうち、本当に何も言えなくなってしまう。

だから、言葉というのは、青いのだ。
青く、まだ青く、形にならないほど青く、青い。
言葉を失くしてはいけない。青い感情を畏れてはいけない。

言葉とは、その尊い行動に満たない、まだ幼く拙い感情を、青い願望を、
要するに、形になりきれない何モノかを、形ある何モノかにしようと、試みる作業だ。
(それはどれほど大人になろうと、満たされようと、きっと誰もが同じだろう)

好きだ、と僕が言う。
助けてくれ、と君が言う。

ティッシュ一枚とって、と君が言う。
僕はティッシュを二枚とる。
すると一枚でいいのに、と怒られる。

生きたい、と彼女が言う。
生きてくれと、誰もが言う。

正解は二つ。
進むか。戻るか。
おっと、もう一つ。留まるか。

僕等は、進むべきだ。
行き先が解らないならば、声をあげよう。

光だ。
光の在る方へ。
形など見えない、しかし光の在る方へ。

言葉が在るならば、きっとそれは光だ。
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[ 2011/04/08 14:46 ] 雑記 | TB(-) | CM(-)
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