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8レーン、スコア23。

言葉は世界を変えられる。

もしも君が今もそんな風に考えているのなら、幸せなことだよ。
本当のところ言葉は世界を変えないし、もちろん世界を救ったりもしない。
そんなに便利なモノでも、万能なモノでもないよ、本当のところ言葉なんて、
「ボーリングする?」
しない。僕のアベレージは極めて低く、人前で披露するほどのモノでもない。
靴の貸し出し料金は高いし、床は滑るし、無駄に大きな球は重い。
16歳の夏、初めて友人とボーリング場へ行き、初めてピンを倒した瞬間、
あの高揚感が、僕のボーリングの全てだよ。
あとは別に、よく磨かれた床の上を惰性で転がるだけの、
「何飲む? コーラ? それとも――」
コーラ。だけれど最近読んだ本によると、コーラは身体に良くないらしい。
そんなの今に始まった噂じゃないし、あの甘黒い炭酸飲料が身体に良いとも思わない。
ところが改めて、そんな文章を読むと、馬鹿みたいに信じてしまうモノなんだ。
そして、それはそれとして、やっぱり僕はコーラを飲みたい。

世の中はストレスに満ちていると、君は思うかい。
先日、仕事が何個か重なって、上司が望む優先順位の通りに片付けて、すぐに提出した。
ところがレスポンスが遅くて、結局一週間、そこから仕事は進まなかった。全く馬鹿げてる。
彼等は、僕が何個の仕事を抱え、それをどのように工夫を付けて優先的に時間を設け、
どれほど可能な限りに完璧な状態で仕上げたか、だなんて考えもしないんだ。

大切なのは、それがどのような結果を導き、どのような利益に繋がったか。
それだけのことだよ。
身体に良いか悪いかでは無くて、美味いか不味いかだけでも無くて、売れるか売れないか、
「――残念、売り切れ」
赤ランプが点灯して販売終了を告げているので、仕方なく僕は隣のボタンを押した。
健康的な緑茶。僕が望もうと望むまいと、結果、そのようになった。
恐らく長生きするよ、僕は。

世の中の全てに理由があるだなんて思わないことだ。
しかも理由の一つ一つを、自分で選択できるだなんて思わないことだ。
世界を変えられるだなんて思わないことだ。それはとても傲慢な考え方なんだ。そして、
「はい、8番レーン」
物事は、絶えず動いている。
君が止まる間にも世界は動いているし、同時に宇宙は動いている。
君が悩み苦しみ逃れる術を探す夜にも、残念ながら地球は呑気な顔して自転を続け、
あまつさえ当然ながら公転まで続けている。

考えてもみろよ、何の救いも無い孤独な夜の真ん中に、
隣の住人は新しく買ったティッシュペーパーの肌触りに感動し、
更に隣の住人は深夜番組の馬鹿げた会話を鼻で笑ってビールを飲み干し、
更に隣の住人は抱き合い隠微な呼吸の最中にコンドームを出すタイミングを窺っている。
君にだけ朝が来ない道理はあるまい。

言葉は世界を変えられる。

もしも君が今もそんな風に考えているのなら、幸せなことだよ。
本当のところ言葉は世界を変えないし、もちろん世界を救ったりもしない。
それほど便利なモノでも、万能なモノでもないよ、本当のところ言葉なんて、
「ボーリングを始めようか」
しないって言ったのに。僕のアベレージは極めて低く、人前で披露するほどのモノでもない。
だけれど自慢が一個あって、初めてボーリングをした時、僕のスコアは23だった。
周りの友人は笑ったけれど、僕はそれが誇りだったんだ。
「マイケル・ジョーダンみたいだろ」
高く飛び上がる背中に描かれた背番号のように、僕は自由だったんだ。
本当のところ、夢に描いたような自由なんて、何処にも在りはしなかったけれどね。

今からボーリングを始めるのに、バスケット選手の話をするのは不自然かい。
ボーリングを始めるにあたって、ボーリングの話をする方が、よっぽど不自然だ。
コーラを飲もうとして緑茶を買ってしまうことの方が、自然なんじゃないだろうか。

「はい、どうぞ、君の番」

僕が重たい球を転がす番。
8番レーンから、スコア23を目指して、再び転がす番。
しないって言ったのに。結局のところ、するんだよ、こうして。
再び球を転がす。結局のところ何度でも、僕は重たい球を転がすだろう。

別に何にも苦じゃないよ。だって僕は本質、自由だ。
羽も無いのに23を追いかけて、球を転がす生まれながらのボーリンガーだ。
「ボーリングをする人は、ボーラー」
ストライクを目指して中央へ。外れたって、別に構わない。
大切なのは僕が中央を目指し、球を転がそうと試みた、この事実だよ、少なくとも、
「何もしないまま、何もしないより」
これは単なる言葉だよ。信じる必要なんか無い。言葉は世界を変えたりはしない。
だけれど、今、何かを伝えようとしているのは、僕だ。
言葉なんかじゃなくて、僕なんだ。

僕達が泣こうが喚こうが苦しもうが、笑おうが、世界は構わずに回るだろう。
回転の前に、僕達の言葉は無力だ。言葉なんて何の役にも立たない。
言葉ばかりを信じるだなんて、とんだ馬鹿だよ。

それでも、言葉を伝えずには、居られない。

残念ながら、そうなんだ。
言葉を信じられず、無力だと知って尚、僕は言葉を伝えずには居られない。
何故だか分かるかい。僕には分からない。分かる瞬間もあるよ。
そうした瞬間は何時だって、夢の中にいる気分だ。
夢から覚めた途端、また分からなくなる。

それでまた、球を転がす。

最初の衝動を、決して忘れないことだ。
16歳の夏、初めて友人とボーリング場へ行き、初めてピンを倒した瞬間、
あの高揚感が、僕のボーリングの全てだよ。
あとは墜ちていくだけかもしれない。
だけれど決して忘れないことだ。
たまに思い出すのさ。

「――あ、惜しい!」

9本のピンが同時に倒れて、残り1本のピンは小さく円を描いて止まった。
やけに広いボーリング場に、客は僕達くらいしか居なかった。
その瞬間の音を、僕は嫌いじゃないなと、思った。
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[ 2011/07/12 19:03 ] 小説 | TB(-) | CM(-)
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