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プラティニは笑う。

忘れようとしても思い出せないから、まるで天才バカボンみたいだ。
喉元に感じる小骨の違和感にも似た、漠然とした喪失感と焦燥感を持て余している。

天才プログラマーと打とうとしたら、天才プラティニと変換された。
どうして往年のサッカー選手の名前が出てきたのかは解らない。
すぐに文字を消して打ち直した。

世の中に何人かの天才が存在することは知っているけれど
実際のところ誰が天才なのかは知らない。
あまり興味も無い。

本日の天気は晴れ。
だけれど肌寒いので、本当は晴れじゃないのかもしれない。
パソコンの電源を落とし、スニーカーを履くと、久し振りに外の空気に触れた。

小さな子供が、公園の芝生の上で、サッカーボールを蹴っていた。
其れは地面の上をゆっくりと転がるだけで、決して遠くへ飛んだりはしない。
ゆっくりと、母親の元へと転がる。

母親は覚束ない足取りでサッカーボールを止め、再び優しく蹴り返す。
子供は懸命にサッカーボールの軌道を目で追い、身体を反応させ、足を伸ばす。
しかし止められず、後に逸らす。追いかける。反転して蹴り返す。

其れを何度でも繰り返す。

本当に美しいモノは自己完結しない。
1985年の東京で、ミシェル・プラティニが決めた幻のゴールみたいに。
其れは美しいまま、しかし永遠に完結することは無いのだろう。

僕は自動販売機で買った缶ジュースを飲みながら
只、母親と子供がサッカーボールを蹴り続ける姿を眺めていた。
何時までも終わらない風景のようだった。

しかし何時かは必ず終わることを心の何処かで知っていて
其れを見たくないとも思った。思いながら、見るのを止めようとも思わなかった。

1986年のメキシコで、ディエゴ・マラドーナが見せた五人抜きは完璧すぎて
完結したまま、朽ちる事も、綻ぶことも無くて、少し美しすぎる。
其れは完璧に磨き上げられた大理石の彫刻のようで、しなやかで力強く
あまりにも堂々としていて、完全に完成されていて、誰もが知っていた。
忘れても思い出せるほど、誰もが知っていた。

僕の缶ジュースが残り少なくなった頃、母親が蹴ったサッカーボールは
ほんの少しだけ空中に浮かんで、ほんの数回、一直線に、地面を跳ねた。
子供は懸命にサッカーボールの軌道を目で追い、身体を反応させ、足を伸ばす。

1985年の東京で、ミシェル・プラティニが決めた幻のゴールみたいに。

ワントラップして、身を翻して、跳ねるようにシュート。
何も生み出さない。しかし網膜に鮮明に焦げ付くほどの、一瞬の。

僕には何だって出来た。
大好きなテレビ番組があって、大好きな遊びがあって、大好きな女の子がいた。
只、其れ等を懸命に追いかけた。
軌道を目で追い、身体を反応させ、足を伸ばし、未熟な手で触れようとした。

其れが何だったのか、もう忘れてしまった。

しかし忘れてしまったことを覚えている。
思い出そうとしても思い出せないから、忘れようとしている。
忘れようとしても何を忘れるべきだったのかを思い出せないから
空虚な混乱の最中に、僕等はこんなにも懸命なのだ。

缶ジュースは空になった。
だけれど僕の欲望は満たされていなかった。
僕は世界に厭きれた振りをして、頬杖を衝き、芝生の上に寝転んだ。

プラティニが笑う。

サッカーボールは低い弾道で、地面の上を転がるように飛んでいた。
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[ 2012/05/19 19:39 ] 小説 | TB(-) | CM(0)
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