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惑星/3

何年前だったかな。

今は東京でライターをやっている後輩が
ある時、僕に聞いたことがあった。


「尊敬している人は誰ですか?」


あれは確か
サンボマスターのライブか何かを
ふたりで観に行った日の、帰り道だったと思う。

信号待ちの途中だった。
点滅する青い信号を眺めながら
僕は暫し考えて、それから、こう答えた。


「飯野賢治かなぁ……」



※ ※ ※



飯野賢治が死んだ。
初めは悪趣味な冗談だと思った。

その名前を聞いて容姿のイメージを浮かべる人もいれば
懐かしい何個かのゲームの名前を浮かべる人もいるかもしれない。

僕にとっては、ある一時期、最も影響を受けた人。

あの頃、部屋の片隅で何度も繰り返し読んだ
飯野さんの「ゲーム」という自伝を、今も大切にしている。
飯野さんの自伝を読んだ後、僕は「方法序説」を買いに走った。

飯野さんが良いと言った本を読み
飯野さんが良いと言った音楽に興味を持った。

きっと僕の脳味噌の、少なくとも何パーセントかは
飯野賢治によって作られた、と思っている。

例えば矢沢永吉――
永ちゃんの自伝「成り上がり」を
人生のバイブルだという奴は多い。

僕にとっては「ゲーム」が、それだった。
文章の書き方というか、言葉の置き方というか
そういう部分も、多分、大きな影響を受けている気がする。

それからテレビの「ゲームの惑星」を毎週、楽しみに観ていたな。
宇宙ッテルが欲しかった。

それから
それから

もしも誰かに
「今までプレイした中で、最も面白かったゲームは?」
と問われたら
僕は何の迷いもなく「風のリグレットだ」と答えるだろう。

画面の無い、音だけのゲーム。
僕にとっては今でも、あれが最高のゲームだ。

ツイッターに登録したとき
最初にフォローしたのも飯野さんだったし
NORWAYの一連の流れも、リアルタイムで追っていた。

ある一時期
死んだみたいに生きていた僕にとって
大きな熱と重力をまとっていた、飯野賢治は憧れだった。

――こうした僕の想いを
少なからずご本人に伝えることが出来たのは
今の僕にとって救いだ。

あれは2007年頃だったと思う。
飯野さんがこっそりmixiに登録している時期があった。
いや、アカウント自体は今も存在している。

ある時、偶然、それを知った僕は
思わずものすごく長いメッセージを送った。

僕は自分の想いを上手く伝えられないことを案じて
メッセージの中に、以前に自分のブログで書いた
飯野さんに関する記事を載せておいた。

すると、後日とても丁寧な返信が届いた。
飯野さんから、僕の為だけに届けられた言葉だった。
内容は、飯野さんと僕だけの秘密だ。

飯野さんは
「これは秘密だけれど(-:」
と冗談めかして
いくつかの制作秘話を教えてくれた。

今、本当に小さな秘密だけれど
飯野さんと僕の中に、それを(一方的に)持っていることが
嬉しくて、悲しい。

僕が唯一、ファンレターを送った男。

飯野さん。
コギト・エルゴ・スムを
僕はデカルトではなくて、貴方から教わりました。



そして今、僕は貴方のことを、徒然と考えているんだ。



惑星
惑星/2
飯野賢治氏死去(ゲームクリエーター、フロムイエロートゥオレンジ社長)
(時事通信社 - 02月21日 21:01)

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[ 2013/02/22 01:19 ] 雑記 | TB(-) | CM(0)
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