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ボクラが残したコトバ 第三話『歌』

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女は歌っていた。

いや

ゆるやかな曲線の肉体。

店先で興味を持つ雑誌。

垣間見える笑い方や食べ方。

其れ等は女の年齢と容姿を

まだ女とは呼び難いソレに停滞させていた。



そして女は歌っていた。

女は、歌っていた。

まだ幼さを色濃く残したままの声帯で

女は何時でも歌を歌いながら生きていた。



毎夜、繁華街の片隅で

ギターを抱えて歌うのが女の生活だった。

夢であった訳では無い。

仕事である訳でも無い。

歌うのが、生活だった。



ギターケースを開いて歌を歌う。

近付く寒い季節の空気の下では

誰もが早足で通り過ぎる。



時に赤い顔をしたスーツ姿の男達が

楽しそうに大声を出しながら歩いて来て

女の歌に気付くとゾロゾロと近付いては

女を口説いたり、カラダに触ったりした。



酒臭い息が嫌だった。



そういう男に限って歌など聴いていない。

だからギターケースには大抵

物好きが入れた小銭が数枚入るだけだった。



女は四枚の紙幣を

何時もあらかじめケースに入れている。



四枚の紙幣。

別に見栄を張りたい訳でも無ければ

其れをサクラにしたい訳でも無かった。



只、四枚の紙幣は女の自尊だった。



そういえば

先日、一万円札をケースに入れてきた男がいた。

路上で一万円札をケースに入れられるなど、初めてだった。

初めて見る顔だった。

ギターケースに一万円札を入れると

男は其の侭、何処かへ行ってしまった。



高々路上の歌に一万円も払うなど

単なる同情か酔狂だ。

そうでなければよっぽどの物好き。

女の歌が特別に素晴らしかった訳では無いだろう。



思いながら女は其の金で帰り道に牛丼を二杯食べた。

そして牛丼を食べながら

男がまた聴きに来ると良いのに、と少し思った。

女は心の中で男を、一万円の男、と呼ぶ事にした。



女には友達が居ない。

正確に言うと居なくなってしまった。

学生だった頃からだ。



女は昔、年上の男と付き合っていた。

自由気侭に生きているような男だった。

長い間、ろくに仕事もせずに生きていた。

男のそんな部分が不安だったが

男のそんな部分に惹かれていた。



だから毎日、女は男の元へ通った。

別段、何をする訳でもなかったが。

週末にも、学校の友達との約束は、入れなくなった。



だから毎日、女は男の元へ通った。

別段、何をする訳でもなかったが。

週末には、気が向けば抱き合い、気が付けば眠った。



学校も辞める事にした。

女は音楽の専門学校に通っていた。

卒業後は海外に留学しようと考えていたが

其れも今では価値の無い事のように思えた。

退学を引き止めるような友達も居なかった。



男との生活が心地良かった。



一人暮らしを始めた。

其れから仕事を始めた。

料理店で働く事になった。

海外の様々な料理を出す店だった。

女にとって多少の留学気分だった。



仕事を終えると

一日分の疲労と雑音を連れ

男に会いに行った。



そういう仕事帰りの日には

決まって男は女を激しく抱いた。

何故かはよく解らなかった。



学生だった頃とは毎日が少しだけ違ってきた。

男と何時までも一緒に居たくても

仕事の時間までサボる訳にはいかなくなった。

学生の頃は講義など忘れて抱き合っていたが

仕事の時間まで忘れる訳にはいかなくなった。



仕事場に通わなければいけなくなったので

仕事場の人間と仲良くするのが賢明だった。

女には友達が居なかった。



黙々と働いた。


働いたら時給が上がった。


時給が上がったので更に働くようにした。


出勤日数が増えた。


要領と手際が良くなった。


料理名がスラスラと言えるようになった。


仕事場の人間達が話し掛けてくれるようになった。


色々と話をすると、色々な人柄が解るようになった。




仲間ができた。




仕事が楽しくなってきた。




だから更に働くようになった。




給料が多めに入ったので

仕事後に仲間と遊びに行く。

仕事場の仲間とカラオケに行く。



二人きり。

相手は男一人だけだったが

さほど気にはならなかった。



女が歌を歌うと

男は酷く誉めた。

そして酒を勧めた。



フと音楽学校に通っていた事実を思い出した。

音楽を志した時期が遠い過去のように思えた。



女が歌を歌うと

男は酷く誉めた。

そして酒を勧めた。



どうして音楽の勉強をしていたのだろう。

過去にあまり深く考えた事など無かった。



女が歌を歌うと

男は酷く誉めた。

そして酒を勧めた。



音楽への価値と興味を無くしてしまった自分。

音楽より価値と興味の対象を見付けたからだ。














気が付けばもうずっと、好きな男と会っていなかった。














女が歌を歌うと

男は酷く誉めるので

そして酒を勧めるので

女は歌を歌い酒を飲んだ。


女は歌を歌い酒を飲んだ。


女は歌を歌い酒を飲んだ。








目覚めると知らないベットの上。

隣では男が裸のままで寝ていた。

こうなる事など

予想できない訳ではなかった。

だから何も言わずに外へ出た。



其の日の内に

海外料理の仕事を辞めた。

数人が引き止めてくれた。



だが続ける意味が無かった。

仕事場の男に抱かれたから。

そんな理由などでは無い。



もう留学した気分になる必要など無かったから。



仕事で入った金で女はギターを買った。

ギターの知識は既に充分に持っていた。








そして女は歌を歌い始めた。


歌の価値。


其れはまだよく解ってはいなかった。





もう歌わなければいけないのだと思った。





もう歌わなければいけないのだと悟った。




繁華街の片隅。


開かれたギターケースは空のままだった。




誰も振り向かない歌。


誰も気に留めない歌。


其れでも女は歌を歌った。




何日も歌った。






















男。






















男が居た。


気が付くと女の目の前に


女が好きだった男が立って居た。


もうずっと会わないままだった男。


つい先日まで好きだったはずの男。


しかし女は今こうして歌っている。


男が遠い過去の忘れ物のように感じられた。




歌う以外に何も考えられなかった。




男がとても久し振りに感じられた。


相変わらず自由気侭に生きているのだろうか。


あの頃の空気を身に付けたままで、男が立って居た。


歌い終わる迄の時間が酷く長く遠く感じられた。










歌は終わった。



実に呆気なく歌は終わり



続いて実に静かな時が始まった。





繁華街の片隅。





女が何か言うより先に男が口を開いた。



「君は、自分のするべき事を、見付けたのだね」



信号は赤から青に変わろうとした。



「誰かの歌う歌を、聴くだけを、辞めたのだね」



遠くから車のクラクションが聴こえた。



「そう、歌は、歌う為に在るべきだ」



目の前の道を見知らぬ男女が通り過ぎた。



「君の歌は、君の為に歌うべきだ」



繁華街のネオンは単調に点滅していた。



「イキを始めるのは、其れからだ」





誰も振り向かない歌。


誰も気に留めない歌。


だとしても


其れでも歌を歌い続ける。


何の為に。





「君は、君の為に、生きろ」





男は女のギターケースに紙幣を入れた。



汚れてクシャクシャになった紙幣が四枚。



男が言った。






















「幸せに、死ぬ為に」






















ギターケースには四枚の紙幣。






そして男は消えた。


よく見えなかった。


何だかとても取り返しの付かない事をしたような


でも何時かはそうしなければいけなかったような


そんな気持ち。





男は消えた。


見えなかった。






路上のアスファルトが濡れたから。






しばらくして偶然通った


あの日抱き合った家には


もう誰も住んでいなかった。
























歌う事の意味は。



そんな事は



今も解らない。



まだ解らない。



もしかすると



此の先もずっと解らないのかもしれない。








其れでも女は歌う。








ギターケースの中には四枚の紙幣。








汚れてクシャクシャのままの紙幣。








四枚の紙幣が女の自尊だった。








女は歌っている。



























シアワセに、シヌ為に。
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[ 2013/11/13 20:08 ] 長編:ボクラが残したコトバ | TB(-) | CM(0)
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