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ボクラが残したコトバ 第六話『字』

親指で器用にボタンを押していく。

次々と言葉は文字へ変換されていく。

出来上がった文章。

少しだけ確認をして

最後にもう一度、ボタンを押す。

携帯電話でメールを送る。



繁華街の中の喫茶店。

窓の外は眩く飾り付けられて

帰宅を急ぐ人々が通り過ぎる。



雪が少し降っている。



メールの送信が完了した事を確認すると

女は子供を抱いて店を出た。










175148039_91.jpg
第六話『字』










繁華街は人々に

年末を伝えるように

明るい音と光を流す。



繁華街の人々は

其の音と光を便りに

年末で在る事を知る。



何気も無く店先を眺める。

贈られるべき沢山の物達。

花束や宝石や雑貨や手紙。



胸に抱いた子供は

玩具屋の前を通る度

熱心に見詰めている。





メールの受信を告げる音が鳴った。





女は携帯電話を取り出して

文章を確認した。

先程のメールへの返信。

何て事は無い内容。

女も同じように返す。

何て事は無い内容。



親指で器用にボタンを押していく。

次々と言葉は文字へ変換されていく。



便利な時代だなと思う。

好きな時に好きなだけ

好きな人に言葉を送る。

携帯電話と親指一つで。

実に便利で気楽な交流。



出来上がった文章。

少しだけ確認をして

最後にもう一度、ボタンを押す。



女は最近

頻繁に絵描きの男に会いに行く。

繁華街の中の或る信号を渡って

右へ曲がると絵描きの男が居る。



前に一度だけ息子の似顔絵を描いて貰った。

直接の面識はたった其れだけだったが

其の日から毎日

絵描きの男に会いに行くようになった。



別に其れでどうこうする訳では無い。

此の真冬に長居しては子供が寒がる。



路上で絵を描く男の前に座り

一言二言、話し掛ける程度だ。



今日も寒いですね、とか

綺麗な絵を描きますね、とか。

そんな言葉に男がボソボソと答える。

其の程度だ。



携帯電話がメールの受信を知らせた。

同じように何て事はない内容。

同じように何て事はなく返信した。



子供は眠っていた。



繁華街の横断歩道に差し掛かった。

渡りきると女は迷わず右へ曲がる。






絵描きの男が居た。






しゃがみ込む。

特に挨拶もしない。

飾られた絵を眺める。

髪の長い女性の絵が多い。

どれも同じように見えるが

どれも違うようにも見える。



綺麗な女性というよりも

活発な女性というような。

活き活きとした女性の絵。

歌を歌っているような絵。

只、どれも少し寂しそうだった。






此の絵の女性は誰ですか?






そう問いそうになって

女は不意に口を閉じた。

訊いて良い事では無い。

何故かそんな気がした。



一度そう思うと

もう何も話せなくなってしまった。




繁華街は明るい音と光で


年末である事を伝えるし


幸せそうな恋人や家族が


女の横を通り過ぎていき


気持ちと言葉を急かした。










何か話したい。












不意に

音が鳴った。

メールの受信音。



慌てて携帯電話を取り出した。

相変わらずの何て事は無い内容。

其れを見て女は思わず口にした。

思わず零れ出たような言葉だった。



「メールアドレスはお持ちですか?」



男は少し驚いた顔をした。

そして無言で軽く頷いた。

女は鞄からメモ帳とペンを取り出すと

素早く自分のメールアドレスを書いた。



「もし良かったらメールしてください」



男に紙を手渡す。

少し困惑した顔で男が受け取る。

其の侭、女は其の場を後にした。






雪は止んでいた。






歩きながら

我ながら大胆すぎると思った。

子供も居るのにと少し思った。

男の方だって

女が子供を抱いているのを

毎日しっかり見ているのだ。

自分の事をどう思っているのだろう。

メールなど送ってくれるだろうか。

子供は深く眠っている。




恋をしている。


そうだと思う。


多分。




年甲斐も無い。


そうだと思う。


多分。




ずっと携帯電話を眺めている。



届くとは約束されていないが。



其れで良いのだ。



待っている時間を楽しみたい。




思えば携帯電話でメールをするようになって


こんな気持ちになる事はあまり無かった。


誰かからの届くとも知れぬ返事を


ただただ延々と待ちわびる楽しみ。




携帯電話は便利だ。


実に頻繁に交流が持てる。


家にしか電話が無かった頃のように


外出して連絡が取れなくなる事も無ければ


ポケットベルが流行った頃のように


公衆電話が無くて連絡が取れなくなる事も無い。




携帯電話は便利だ。


実に簡単に伝達ができる。


待ち合わせに遅れて連絡手段が無い事も無いし


言い難い相談や不満も気楽にすぐに伝えられる。


何時でも何処でも何文字でも好きな時に。




女は携帯電話を眺める。


ただただ延々と待ちわびる楽しみ。




女が高校生の頃にポケットベルが流行った。

女も皆と同じに持ち歩いた。

女は他校に好きな男が居た。

他校の男に言葉を送りたい。

しかし其の為には休み時間の

たった十分間を使わなければならない。

しかも其の言葉は校内に在る

一台だけの公衆電話からしか送れない。



急いで駆け付けると

同じような考えの生徒が

電話の前にズラリと並んでいた。



十円玉を握り締める。

他校の男に伝えたい沢山の言葉が頭に浮かぶ。

しかし互いのポケットベルでは

たった八文字しか送れなかった。



伝えたい沢山の言葉を

たった八文字に込める。

待っている時間が長い。

十円玉を、握りしめる。




いよいよ自分の番が来る。




八文字。



たったの



八文字。



送り終わる。




そしてチャイムが鳴る。

皆ゾロゾロと教室に戻る。

不便だが其れで良かった。

ただただ延々と待ちわびる楽しみ。










不意にメールの受信音が鳴った。



女は我に返り慌てて携帯の画面を見る。



何て事は無い先程からのメールだった。



何て事は無く同じように返信する。



何て事は無い暇潰しだ。



女は軽く溜息を吐いた。






すぐに再びメール受信音。






音で子供が目を覚ました。



子供の頭を優しく撫でる。



何気なく受信画面を見る。



見慣れないメールアドレス。
















女は大きく微笑んだ。
















ただただ延々と待ちわびる楽しみ。

そして返信できる事のありがたみ。

嬉しさが込み上げてきた。



さぁどんな返信をしよう。



こうして送ってくれた言葉に。

アナタが送ってくれた言葉に。

絵描きの男がくれた拙い言葉。






八文字。






八文字にこめよう。






女はゆっくりとボタンを押す。

親指で器用にボタンを押していく。

次々と言葉は文字へ変換されていく。

出来上がった言葉を

何回も何回も何回も確認して。






たった





八文字だけ。





言葉を送る。





言葉を贈る。







最後にもう一度ボタンを押す。







ゆっくりと柔らかい雪が降り始める。






















「メリークリスマス」
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[ 2013/11/16 20:08 ] 長編:ボクラが残したコトバ | TB(-) | CM(1)
いつ読んでも
何を読んでも
いろいろ感じるものがありますね

これがあのラジオをしてた人とは思えないwww
[ 2013/11/16 20:10 ] [ 編集 ]
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