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ボクラが残したコトバ 第七話『帰』

どうして君と僕だったのだろう。

日々を共に過ごす相手が。

肌を愛しく撫でる相手が。

別ち合う事になる相手が。



どうして君と僕だったのだろう。

今となっては男はそう思う。

目の前を過ぎる沢山の女性。

其の中からたった一人だけ。



どうして君と僕だったのだろう。

此の街で詩を歌いながら過ごす。

此の生き方にも大分馴れてきた。



一日分の疲労と雑音を連れ方は

どれだけ上手くなっただろうか。

あの日のあの女のように。

少しは生きているだろうか。



男は不甲斐無い生き方をしていた。

女はそんな男を愛してくれていた。

夢を無くして夢の中に逃げかけた。

そんな男を現実の中に目覚めさせ

そんな男を現実の中に残したまま

女は、死んだ。





そして男は此の街で詩を歌い始めた。





男は思う。





どうして、君と僕だったの、だろう。










175148039_91.jpg
第七話 『帰』










繁華街の交差点を左に曲がる。

真冬の寒空の下の路上。

大きな銀行のシャッターが閉まる。

大きな銀行のシャッターの其の前。

其処で何時も男は詩を歌っている。



道行く人は聴くともなしに

男の歌声を聴いては通り過ぎる。

時に物好きな若者や酔っ払いが足を止めて

男の詩にじっくり聴き入って小銭を入れた。

其の度に男は頭を下げた。



歌いながら左側を見ると

少し遠くに絵描きの男が居る。

前に缶コーヒーを奢って貰った。

其れ以来よく話すようになった。



髪の長い女の絵をよく描いていた。

男が愛した女に少しだけ似ていた。



未だ見ぬモノを求める絵ではなく

失ってしまったモノを求める絵だ。

そう思った。



其の絵を見ていると女だけでなく

男も互いに似てるのかもしれない。

そう思った。



少し前に

詩を歌う男を見て

側で絵描きの男が

こんな事を言った。




「自分が愛した女も詩を歌って生きている」


「今ではもう傍で聴く事はできないけれど」


「でも又もしかしたら聴けるかもしれない」


「生きていれば」




そう言うと絵描きの男は少し自嘲気味に笑った。




「生きていれば」




生きていれば又逢える。


生きていれば又話せる。


生きていれば又触れる。


生きていれば許される。






男が愛した女は、もう生きてはいなかった。






絵描きの話を聞いている最中

男は不意に前に出会った

歌う女の姿を思い出した。




男が愛した女に似た女。


あの女も路上で詩を歌っていた。


あの光景があまりにも凛として。


男は思わずギターケースに一万円を入れた。


其れから此の街に来て詩を歌う事を決めた。


男の行先を示してくれた女。




男は歌う女にもう一度会ってみたくなった。




考えれば偶然に一度見ただけの存在だが

容姿と歌声は今でもしっかり覚えている。

向こうは男の事など覚えてはいないだろうが

其れでも構わなかった。



歌う女は此処とは別の街の繁華街に居た。

男と、男が愛した女が住んでいた街だ。

此の街よりも少し小さな街で

其の街から旅立つ若者は大抵

まずは少し大きくなった此の街に住み始める。



丁度、年末だ。

此の機会に故郷に帰るのも良いだろう。

其の時に歌う女が見付かれば良い。

今もあの場所に居るだろうか。



簡単な荷造りをして帰郷の準備をした。

絵描きの男に声をかけておこうと思う。

少し歩くと何時もの場所に絵描きの男が居た。



正確には絵描きの男と、あと二人。



綺麗な女性と、小さな子供が居た。



女は子供を抱き絵描きの男の前に座り

何をするでもなく愛しそうに絵を眺め

絵描きの男は寡黙に絵を描きながらも

時折女に静かに何かを語り掛けていた。



男は声をかけるのが申し訳ない気分になった。

降ったばかりのサラサラな雪の上を歩くような

生まれたばかりの繊細な空気を

素手で近付き掴んで壊すような

そんな申し訳なさを感じた。





だから男は声をかけるのを止めた。





絵描きの男が

未だ見ぬモノを求める絵ではなく

失ってしまったモノを求める絵を

例えば活発そうな髪の長い女の絵を

描く事は

描き続ける事は

恐らくはもう無いような気がした。



其れで良い。



最後に少し振り返る。



絵描きの男が

大切そうに子供を抱き上げ

女に何かを話しかけていた。




「生きていれば」




絵描きの男が呟いた台詞が頭を過ぎる。


男はギターケースを背負い電車に乗る。


雪は降っていなかった。








線路と車輪の奏でる

単純で永続的な音が響く。

緩い振動が浅い眠りを誘う。

電車で一時間と少しの距離。

たった其れだけで着く距離。

だが其れが男の成長を表していた。






そう、トンネルを抜けると。






海沿いの街。


坂の多い街。


少しだけ小さな繁華街。


男と、男の愛した女が、過去に生きた街。


其れが窓の外に確実に在った。




そして


歌う女は今も


此の街の何処かで


生きているのだろうか。






過去の、街が、其処に、在った。






どうして君と僕だったのだろう。


日々を共に過ごす相手が。


肌を愛しく撫でる相手が。


別ち合う事になる相手が。




どうして君と僕だったのだろう。


今となっては男はそう思う。


目の前を過ぎる沢山の女性。


其の中からたった一人だけ。





男は此の街で生きた。



女が傍で生きていた。



沢山会って。



沢山話して。



沢山触れて。



沢山笑って。



沢山泣いて。



恐らくは沢山の感情を抱えて



そして死んだ。





其の事は今となっては


どんな意味を持つのだろう。


電車は徐々に速度を緩めた。




海沿いの小さな街。


坂道と雨の多い街。


今では大きな繁華街で歌う男にとって


今では思い出の中で住むだけの小さな街。




過去に此処で起きた出来事は


今となってはどんな意味を持つだろうか。


今も歌う女は此処で生きているだろうか。





電車は完全に停止する。





一斉に始まる雑音と放送。





空気音がして扉が開かれる。










なぁ、どうして君と僕だったのだろう。










男は軽く息を吐き





過去の街へ降りる。










なぁ、どうして君と僕だったのだろう。










「生きていれば」










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