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ボクラが残したコトバ 第八話『生』

男は息をしていた。

たくましい骨格。

浅く伸びたひげ。

煙草を吸う仕草。

其れと少しの

疲労と雑音を引き連れて。



男は息を吐き出した。



小さな街の冷たい空気に

男の熱くて白い息が混ざった。



もう一度息を吸う。

冷たい空気に鼻腔が痛くなる。



男は息をしていた。



大きな肩にギターケースを

ズシリと重く乗しかけて歩き出した。










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第八話 『生』










過去に男が住んでいた

海沿いの此の小さな街は

大した変化を見せていなかった。



宛も無くブラリと歩く。



駅前の見慣れた風景は

駅前の見慣れた風景の侭で。



小汚い町営バスのデザインも

横断歩道を渡る時に鳴る音楽も

交差点から見える大きな看板も

本当に其の侭で。



此の季節の

鼻腔に響く冷たい空気も

鼻腔に響く冷たい空気の匂いも

何も変化の無い侭だった。



駅前を少し歩くと繁華街に出る。

此の街では一番大きな百貨店の

閉じられたシャッターの前。

あの日、其処に、歌う女は居た。




時計を見る。




だが其れはあまり意味の無い行為だった。




まだ昼過ぎ。




男は百貨店の前まで歩く。

平日の昼すぎの百貨店の前には

沢山の子連れの女性達が出入りしていた。

当然、歌う女など、居ない。




手持ち無沙汰。




男は煙草を取り出すと

マッチに火を点けた。

小さな炎が揺らめく。

咥えた煙草を近付ける。



風が吹いて火が消えそうになびいた。

手で覆うと炎は少しだけ大きくなり

紙が焼ける音と匂いを残し

そして火は消えた。



息を大きく吸う。

続いて吐き出すと

冷たい空気に白く熱い空気が混ざった。




「生きていれば」




不意に絵描きの男が呟いた言葉が浮かんだ。




生きていれば。


生きていれば。


生きていれば。




そうすれば其の先に一体何が在るというのだろう。




生きていれば何時か良い事がある。


そう聞かされて育った記憶がある。




生きていれば君は戻るのだろうか。


生きていれば傷は治るのだろうか。


生きていれば救われるのだろうか。


生きていれば許されるのだろうか。


生きていれば


どうして君と僕だったのか


其の答えも解るようになるのだろうか。




煙草を指で弾く。

雪の上に落ちる。

音も立てずにアッサリと

煙草は其の命を終えた。



男は不意に歩き出す。



ペンキも剥げかけたような

小汚い町営バスに乗り込む。

独特のゴムのような臭いと

所々ボロボロの椅子に座る。

大して愛想も無い放送が車内に響き

バスは走り出した。



女の墓参りに行く。



愛した女が傍に居た頃には

男は外に出たがらなかったので

一緒にバスに乗る機会など殆ど無かった。



乗客は男の他に五名程しか居ない。

老女と、小さな子供を連れた女と

男と変わらぬような年頃の女性と

仕事で外回りをしているような、若い男。



男は窓の外を眺めた。

其れでも何度かは一緒に乗った事もある。

女と一緒に写真の撮影に行った事がある。

其の時にもバスに乗った。



秋の終わりだった。

絵や像を観たり紅葉を観たり

美味しい紅茶を飲んだりした。

そうしながら一緒に写真を撮った。



実に寒く実に晴れた日だった。


歩いていると雪が降ってきた。


其の年の初雪だった。



女は空を見上げ


白い息を吐いた。


其れは活き活きとした


熱い白い命の息だった。





女は不意に



真っ直ぐに向き直り



小さく呟いた。





「初雪は、毎年一緒に見ようね」





そうして少し照れたように笑った。




だから静かに男は女の手を繋いだ。




其の年の初雪は、音も無く、降り続けた。








不意にバスが急ブレーキで止まる。

男は我に返る。

雪で路面の状態が良くないようだ。

何気なく車内を見渡すと

乗客は二人に減っていた。



老女と、同じ年頃の女性。



男は窓の外を眺める。

雪は、降っていなかった。





「初雪は、毎年、一緒に、見よう、ね」





外を眺めながら

口元で小さく呟いて

男は自嘲気味に笑った。





「生きて、いれば」





今度は絵描きの男の言葉を呟く。

男は其の侭、深く、目を閉じた。






なぁ、輪花。


君が僕に見せたかったモノとは


こんなモノだったのかい?




なぁ、輪花。


僕を独り夢から覚めさせてまで


君が僕に見せたかったモノとは


こんなモノだったのかい?






是が現実か。






なぁ、輪花。



どうして君と僕だったのだろう。



どうして君と僕が共に生きていたんだろう。






男は目を開けた。



独特のゴムのような臭いと

所々ボロボロの椅子に座る。

大して愛想も無い放送が車内に響き

車内を見渡すと

年頃の女性は既に居なくなっていた。



前方に老女が独り座っている。

此処からでは容姿は見えない。

バスは相変わらず愛想も無く走り続けた。



窓の外の風景が少し寂れてきた。

時折、枝の隙間から海が見える。

バスは緩い坂道を登り始めた。

女の墓は海の見える場所に在る。




老女は何処へ向かうのだろう。




先程から後姿だけ見える老女。

男は最後部に座っていたし

老女は最前部に座っていた。


男からは老女の表情を知る事ができない。

何故だか不意に妙な気分になった。

老女を見てみたくなった。




上品そうな背中だった。




もうすぐ墓に到着する。

バスを降りる時に振り返り

老女の顔を見ようと思った。




バスは緩い坂道を登る。


少しずつ墓へと近付く。


やがて


愛想の無い放送が響く。


男が降りる場所だった。


緩やかにバスが止まる。


最後部の座席から立ち上がる。


老女の顔を見たい衝動に駆られる。


男は歩き出そうとした。


瞬間、老女が立ち上がった。


其の侭、老女はバスを降りた。






呆気にとられた。






実に一瞬の出来事だった。

男は我に返り

財布から小銭を取り出す。



小銭が中々見当たらない。

慌てる指で数枚の小銭を掴むと

其れを支払い、急いでバスを降りる。



既に老女の姿は何処にもなかった。



背後で愛想の無い音を立て

今、降りたバスが走り去って行った。






海が見える。


寒い風と寒い潮の匂いがした。


男は気分を取り直した。


寒い風と寒い潮の匂い。


悪い気分では無かった。




愛した女の墓に向かった。


歩いて数分の距離だった。


途中に花屋が在る。


花を買った。




どうして君と僕だったのだろう。




男は深く息をしながら、再び、思った。




海はとても綺麗だ。


雪はとても綺麗だ。


男と女が過去に生きた街は


あの頃と何の変わりも無く


沢山の人々が今日もイキ続け


海はとても綺麗で


雪もとても綺麗だ。




其れ等に理由など無いのかもしれない。




どうして君と僕だったのだろう。




其れ等に説明など無いのかもしれない。




どうして君と僕だったのだろう。










空を見上げると雪が降ってきた。










此の街に来て最初の雪。



女の墓に向かう。



もうすぐ其処だ。



女の墓に向かう。



フと目前に人影があった。






何処かで見慣れた不思議な後姿だった。






上品な背中。



老女だった。






「生きていれば」






突然


男の頭で言葉が響いた。


男の心臓が大きく痛む。






「生きていれば」






突然


男の頭で言葉が響いた。


男は心の中でこう呟く。






なぁ、輪花。



君が僕に見せたかった現実とは何だ?






なぁ、輪花。



君が僕に見せたかった現実とは是か?










「生きていれば」










雪が降る。





此の街に来て最初の雪が降る。





老女がゆっくりと振り向いた。





其の容姿は紛れも無い





男が愛した女の其れだった。
























「初雪は、毎年一緒に見ようね」























生きていれば





どうして君と僕だったのか





其の答えも解るようになるのだろうか。
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[ 2013/11/18 20:08 ] 長編:ボクラが残したコトバ | TB(-) | CM(0)
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