VOSTOK8 blog - Astronaut' Monologue TOP  >  スポンサー広告 >  小説 >  ツグミストライプス

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

ツグミストライプス



ストライプの退屈を持て余している。
昨日のニュースで報道された殺人事件と、今朝のワイドショーで放送された詐欺的な人命救助。
そのどちらもが、おおよそ大半の人間とは関係ない無い場所で執り行なわれ、その儀式の結果を見守るように、
朝食を食べたり、洋服に着替えたり、異性を抱いたりしていたんだろう。

心の中に巣食う不安感と虚無感を持て余している。
そこで僕等は会話し、互いを理解し、抱擁する事を望んできたはずなのだけれど、
トマトだとかキャベツを切った後の包丁で刺されてしまっては、まるで笑い話にもならない。

白いカーペットを用意しておくべきだった。
そうすれば赤と白のストライプを楽しむ事が出来たのに、残念ながら黒のカーペットでは、
流れ出る血も染み込むばかりで、まるで濃淡を利かせず、ただ失われる感覚だけを弄んでいるのだよ。

血に目的を見出せないのは、悲しい事だとは思わないかね?
曲がりなりにも数十数年間、僕の中を回転し続けた血よ、その理由を知りたくはないかね?

黒いカーペットに染み込ませても、何も楽しい事なんか無いだろう。
白いカーペットを用意しておくべきだった。
ストライプの退屈だ。

「おおい、僕よ、僕の血よ、その理由を知りたくはないかね」

僕は深夜のテレビ番組に話しかける独身男性さながらに、僕自身の血と、僕に問う。
僕の脳髄を経て神経系へ、それら心臓に押し出され、血管へ。
だけれど返答など期待する事は出来ない。

内側へ、内側へ、只管に内側へ向かう感情よ。
お前は残酷だ。

お前が内側へ向かう限り、世界の大きさを知る事は出来ない。
世界の反響音に耳を澄ませる事さえ出来ない。
お前はお前しか居ないのだもの。

「おおい、誰か、聴いてくれ、僕の血の理由は何なのかね」

すると窓辺に一羽の小鳥が羽を休め、それは恐らくツグミだと思うのだが、
ツグミは窓辺で羽を休めながら、僕を発見するとクスクスと笑った。
笑いながら「こんにちは、ご機嫌いかが?」と言った。

ご機嫌いかがも何も、僕は包丁で腹を刺され、今にも死の淵を彷徨い、
それで今までの人生を走馬灯のように振り返るよりも先に、僕の血の理由を探していたのだ。
ご機嫌が良い訳が無く、気を弛めると死んでしまいそうなのに、何たる呑気なツグミであろうか、と思った。

「それはなぁに?」

ツグミは呑気にクチバシをパクパクと動かすと、僕の腹に刺さる包丁を見た。

「ああ、これは包丁だ。
 僕は愛する人に刺されてしまったのだよ。
 互いを理解し、互いを抱擁する為に繰り返してきた会話の結果だ」

僕は吐き出す息に乗せるように、言葉を繋げた。
正直、ツグミと会話するのは面倒だったが、このまま死んでしまうよりは良かった。
僕が何を考え、何を感じながら死んでいくのかを、最期にツグミに聴いてもらおうと考えたからだ。

「なるほど、それが包丁か。
 すると流れているのは、君の血という事になるね」

「そうだよ、何の理由も持たない血だ。
 お前達が包丁で刻まれ血を流すならば、理由はあるのだろうな。
 お前達が包丁で刻まれるなら、お前達を人間は食うだろう、その為に血を流すんだ。
 ところが僕ときたらどうだ、情けない事に、まったく何の理由も無く、無様に血を垂れ流しているんだぜ」

するとツグミは、やはりクスクスと笑い「誰も食べられる事なんて望んでいないんだ」と言った。
それはもっともな言い分だが、今の僕にはどうでも良い事だった。
説教なんて望んでいないし、僕は僕の血の理由を知りたくて、それを聴いて欲しかっただけだ。
しかしツグミは話し続けた。

「自分で自分に理由なんて求めない方が良い。
 君の中に理由を見付けるのは、何時だって他の誰かなんだから。
 君が自分で自分に理由を見付けようとするならば、それは粘土が自分で粘土を放棄するようなもんだ」

「粘土?」

「粘土は粘土として生まれただけだ。
 粘土が形を求めるならば、それは粘土が彫刻になりたいと願うという事さ。
 だけれど彫刻になりたいのだとしても、必ず誰かの手が必要になるんだよ、それを間違えちゃ駄目だ」

ツグミはクスクスと笑ったまま、クチバシを鳴らしている。
何故に僕がツグミの説教を聞かなければならないのか解らないし、ツグミが説教する理由も解らない。
それでも僕の血は黒いカーペットに流れて染み込んでいく時間を、それほど退屈に感じずに済むとは思った。

「僕は粘土じゃない、人間だ。
 人間は自分が望む何者かになろうと望む生き物だ。
 ならば自分が何者になれるか解らない不安や虚無は、どうしたら良いんだ?」

僕は激痛を感じながら、今となっては実にどうでも良い疑問をぶつけた。
そもそも答が解らなかったから、僕は愛する人に包丁で刺されなければならなかったのだ。
漠然とした将来というものに、人間は常に不安と虚無を感じている生き物だと思うが、ツグミよ、お前はどう思う。

「横柄だな、君は横柄なんだよ。
 何者になれるか解らないと言うけれど、君は君以外の何者になれると言うんだ?
 人間は空を飛び、海を泳ぎ、宇宙を目指したりするけれど、まるで自分達が何者にでもなれるようだね。
 それで自分自身を見失っているようでは、話にならない」

「それが人間だ、自分の可能性を信じないならば、人間とは言えない」

「へぇ!」と大袈裟に驚くと、ツグミは笑った。
僕は自分の言葉に嘘を感じてはいなかったけれど、妙な羞恥心を感じ始めていた。
自分の可能性を信じて夢を追いかけ続けた男の末路が、包丁で腹を刺されて死んでいく事だなんて。

「誰も食べられる事なんて望んでいないんだ。
 だけれど食べられる事に絶望した瞬間、僕らに飛ぶ理由なんか残されてないと思うかい?
 いいや、それでも僕は飛ぶだろうね」

「どうして飛べる?」

「理由を決めるのは、何時だって他の誰かだからさ。
 自分で自分に役割を与えようなんてしてはいけない、それは横柄な生き物のする事なんだ」

「それではお前は、食べられる番が来たら、素直に役割に従うと?」

「誰が従うモンか」

ツグミは一際大きく、笑った。
まるで僕を馬鹿にするような笑い方だったが、妙に優しい笑い方でもあった。

「どうして君はそう考える?
 どうして君は他の誰かに従わなければならないと考える?
 生きている理由や役割は、自分や他の誰かが決めなければいけないモノだと考える?」

「理由が無ければ悲しいじゃないか」

「ああ、もっともだ。
 ならば自分の手元に残ったモノを大切にする事だね。
 君は粘土なんだ、何にだってなれる、だけれどそこに理由なんて無いんだもの」

ツグミの言う事はよく解らないけれど、
僕は次第に自分の意識が薄れていく事を感じ、もうすぐ自分が失われる事を感じた。
ツグミがクスクスと笑う声だけは感じる事が出来たが、もう眼を開けて見る事は出来なかった。

「……ああ、僕は粘土か。
 粘土ならば最期まで完成する事など無かったのかもしれないな。
 何者になろうとも、その形を保存しようとも、それは呆気なく誰かに潰されたりする。
 その度に絶望感に打ちひしがれたりしてな。

 ……ああ、僕は粘土か。
 粘土ならば誰もが未完成のままで、それを完成と呼んでいたのか。
 医者の粘土、弁護士の粘土、野球選手の粘土、喫茶店の店員の粘土、サラリーマンの粘土。
 ツグミよ、お前は何時か誰かに食われるかもしれない粘土だ。
 だけれど、それは役割なんかでは無いな」

全ての可能性は、只、そこで息を潜めて、存在するだけだ。
望むような形の自分になり、また望まぬような形の自分にされ、壊されては作り直す。
そこには理由も役割も無く、それが生きるという一番の作業に他ならなかったのかもしれないな。

激痛は止み、視界は閉じ、感覚が失われる直前に気付くなんて、悲しいな。
ツグミよ、僕は最期に、どんな形だったと思う?
腹を刺された男か。

「それは君が決める事ではない。
 君を見た誰かが勝手に決めれば良い事だ。
 君は君の精一杯で、只、生き続けようとしなければいけない」

それが、僕が最期に聞いた、ツグミの声だった。




目が覚めた時、僕は真白なシーツの上に居た。
何の事はない、病院のベッドだ。
単に真白なシーツ。

そこで僕は、自分が生き延びた事を悟ったけれど、何故に生き延びたかは解らない。
救急車が呼ばれたそうだが、僕が呼んだ覚えは無い。
僕を刺した愛する人が呼んだ訳でも無い。

ツグミよ、お前は何だったんだ。
きっと何者でもないと、お前は言うのだろう。
お前が何者だったのかなど、僕が決めれば良い事だ。

真白なシーツに血を流せば、さぞ綺麗なストライプを描けると思ったが、それは止めておこう。
ストライプの退屈は、粘土に混ぜて、練りこんでしまえば良い。
僕の血が勿体無い。

窓の外を眺めると、よく晴れた青空だった。
その中央を、茶色の鳥達の群れが、懸命に羽を動かし、通り過ぎていった。
一直線に、何列かの群れを作り、それは懸命に飛んでいく。

青色と茶色のストライプは、なかなか綺麗だった。
関連記事
[ 2007/07/11 15:54 ] 小説 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

目次
★説明


★長編小説














★短編






★お笑い








Blog Search
QR CORD
QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。