VOSTOK8 blog - Astronaut' Monologue TOP  >  長編:青色1号

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青色1号 第三話

140.jpg

女の苗字は、水野。

誰かが女を「水野」と呼んだので、恐らく水野の苗字は水野だ。
結局、下の名前は知らない。別に知る必要も無い。
雨が止まない三日間、何故か水野は一日中、僕の隣の席に座った。
水野は、僕の右耳からイア・フォンを勝手に奪い、僕が聴いている音楽を勝手に聴いた。

梅雨の季節というのは本当に、雨しか降らないのだな。
当たり前の出来事が、当たり前のように繰り広げられているが、季節が変われば当たり前では無い。
今時期に止まない雨が降れば、それは梅雨と呼べるが、真夏に止まない雨が降れば、大騒ぎになるだろう。
「じゃあ、一体、何が当たり前なんだろう?」
頬杖を突きながら、まるで窓を垂れ落ちる水滴みたいに、独り言が零れた。

「……え、何か言った?」
「別に」
「Black Sabbath、良いね、気に入っちゃった」
「あ、そ」

水野が僕の隣に居座る理由がBlack Sabbathなら、今すぐ別の曲に変えても良い。
変えても良いが、面倒だから、変えはしない。だけど変えようと思えば、何時でも変えられるんだ。
当たり前に流れる音楽に、別に意味なんて無い。僕が岡村靖幸を聴き始めたら、コイツどんな顔するだろう。

「煙草、吸ってくる」
「あ、じゃ、私も一緒に行く」
「何で?」
「君が居なくなったら、聴けなくなっちゃう」

言いながら水野は、親指と人差し指で、イア・フォンのコードに触れた。
別にiPodなんて、このまま此処に置いておいても構わない。聴きたければ気が済むまで勝手に聴けば良い。
僕は左耳のイア・フォンをはずすと、席を立った。「良いよ、勝手に聴いて」

大学の喫煙所を見付けたのは、数日前。
一階の隅に、まさかこんな便利な場所にあるとは知らなかった。
おかげで寒空の下、路上に空缶を置いて喫煙する必要は無くなったが、どうにも煙たい。

「空気清浄機、欲しいよな」
声をかけてきたのは蒲田。本当に何処にでも出没する男だ。「あれ、煙草、吸うっけ?」
僕の記憶では、蒲田は煙草を吸わない。「ああ、吸わないけど、此処だとゆっくり話せる奴もいるからさ」
随分と物好きな男だ。言われてみれば確かに、蒲田は見た事も無い友人に囲まれている。「へぇ、大変だね」

「そういや、最近、水野と仲良いな?」
「誰が?」
「お前が」
「誰と?」

「だから……」と言いかけて、蒲田は言葉を止めた。
「別に良いや、好きにしろよ、まぁ変わり者同士、気が合うじゃねぇの」
「変わり者同士? 誰と誰が?」僕が言った時、蒲田は既に背を向けて、友人達と話し始めていた。

講義室に戻ると、先程と同じ席に、水野が座っていた。
僕が喫煙所に行く時と、まるで同じ姿勢に見えた。席を替えようかとも思ったが、同じ席に戻る。
「おかえり」
水野は怒ったような視線で呟くと、僕にイア・フォンを差し出した。
「……あれ、音楽、流れてないじゃん」
「おかえり」
「……曲、聴いてなかったの?」
「おかえり!」水野は、わざとらしく大きな声を出した。

「……ただいま」
「だから居なくなったら聴けなくなるって言ったのに。私、iPodの使い方、解んないのに」
「え、何で、簡単じゃん」
「機械、苦手なの。とにかくさ、今から気合入れて聴くからさ、また最初から再生してよ」
「別に良いけど……」

変わった子だな、と思った。
それ以上、的確な言葉は思い浮かばない。水野は変わった子だ。
蒲田が言った「変わり者同士」というのは、水野と誰かを指しての言葉だったのか。もう一人は誰だ?
水野は目を閉じ、飽きるまでBlack Sabbathを聴いていた。目を閉じて聴くような曲では無い気がするけれど。

梅雨が明けるまで、僕の隣の席で、水野はそうしていた。
何故、相手が僕なのか、僕には理由が解らなかった。梅雨が明ける前日までは。
朝のテレビの中で蝶ネクタイを付けたアナウンサーが、梅雨明け宣言をしたのと同じ日に、水野は言った。

「私ね、秘密を知ってるんだ」

何時もの席で、イア・フォンから伸びるコードを右手の指で触れながら、水野は言った。
「秘密?」
「そう、私ね、秘密を知ってるんだ」
「何の?」
「私と一緒にコンビニ強盗しようよ」

固定した文字列は融解する。憂鬱な雨雲と似ている。雨が終われば晴れか。そんなに単純か?
水野は右耳から垂れたコードを、右手の中指でなぞりながら、僕を見た。

「誰が?」
「君が、私と、コンビニ強盗」
「何で?」
「だって君、鉄砲、持ってるじゃん」

水野は初めてのデートのお誘いでもするような、女の子らしい笑顔を浮かべた。
背中越しの窓から、まだ小さな雨音が聞こえていたけれど、それは既に止みそうな気配だった。
乗らないままの自転車と、あの鉄砲で、何処まで行けるか、僕はまだ知らない。
[ 2010/11/01 03:00 ] 長編:青色1号 | TB(-) | CM(-)

青色1号 第二話

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「春眠、暁を覚えず」とは言うけれど、春が過ぎても、僕は眠かった。
夏が始まったと言うには、まだ少し早い。毎日が雨だから、きっと今は梅雨なんだろう。
三ヶ月前まで僕が住んでいた町には梅雨が無かったから、これが梅雨だと実感を込めては言えない。
朝のテレビの中で蝶ネクタイを付けたアナウンサーが、今は梅雨だと言ったから、多分これは梅雨なのだ。

真実なんか解らなくたって良い。只、僕は納得したいんだ。
誰かが梅雨だと言って、皆がそれを梅雨だと思うなら、真実だろうと、なかろうと、それは梅雨なんだ。
「傘、持ってる?」蒲田が、誰に声をかけたという風でもなく、講義室の隅から、僕に近付いてくる。
「僕?」
「お前しかいないじゃん、傘、持ってる?」
「持ってるよ、折り畳み傘なら」
「悪い、ちょ、貸して」

僕は鞄の中から、折り畳んだままの傘を取り出すと、それを蒲田に手渡した。
「何に使うの?」どうでも良い質問をしてしまった。訊いたところで、傘の用途など一つしか無い。
「コンビニ行ってこようと思ってさ」蒲田は無造作に傘を受け取ると、何故か屈託の無い笑顔を、僕に見せた。

「ああ、ちょっと待って、僕も行くよ」

煙草を切らしている事を思い出した。別に蒲田と行動を共にしたいとは思わない。
只、煙草を切らしている事を思い出したタイミングが今だった。僕は席を立つと、蒲田の背中を追いかけた。
「邪魔くせぇな、この傘ちっちゃいのに」
僕の傘なのに、まるで我物のように扱いながら、蒲田はわざとらしく悪態を吐いた。

濡れたコンクリート。地面。数箇所に小さな水溜りが生まれている。
まるで豪雨とは呼べない。それは道端に咲いた紫陽花の葉を、小さく揺らす程度の雨だ。
Hydrangea。水の容器。紫陽花は色を変え、水を受け入れる。それはどことなく、人間の身体に似ている。

「こないだのコンパ、来れば良かったのに」
「コンパ?」
「誘ったろ? すげぇカワイイ子、来たのに」

「へぇ」。水を受け入れるのが紫陽花ならば、水が枯れた時、それは何を咲かせるのか。
何も咲かせたりはしない。水が枯れる時は、花が枯れる時だ。悲しむ必要も、苦しむ必要も無い。
それでも、枯れさせたくなかった花、というモノが存在して、もしも水が枯れなければ、花も枯れないならば。

「一年中、雪が降れば良いのにね」
「は?」
「いや、別に」
「俺の話、聞いてた?」 蒲田は独り言のように訴えながら、コンビニの自動扉を開いた。

僕達は、煙草と、大量の菓子を買った。
否、煙草を買ったのは僕で、大量の菓子を買ったのは蒲田だ。
大学に戻ると、蒲田は大量の菓子が入った袋を、友人達の前に置き「食おうぜ」と宣言した。
その様子を、僕は窓際の席に座り、iPodを聴きながら、眺めていた。

感嘆符の文字列が、記号のように。
同年代の人間達の嬌声が、左の鼓膜を通過して、右の鼓膜から。排出される。回転はしない。

「何、聴いてんの?」

ヘッドフォンの外側から、声。
顔を上げると、見覚えのある女が話しかけている。名前は知らない。否、覚えていない。

「Black Sabbath」
「あ、そ、聴かせて?」
「何で?」

「聴きたいから」最後の台詞を言い切る間際に、女は僕の右耳から、イア・フォンを奪った。
名前も知らない女と、一緒に音楽を聴くのは、あまり良い気分じゃ無かった。
女と何らかを共有したいとも思わなかった。だけれど、とにかく。

僕は、眠かったのだ。
遠くでは大量の菓子袋を開封しながら、蒲田達が大きな声で笑っていた。
僕と、名前も知らない女は、一個のイア・フォンで同じ音楽を聴きながら、只、それを眺めていた。
[ 2010/11/01 02:00 ] 長編:青色1号 | TB(-) | CM(-)

青色1号 第一話



今日も何も無かった。明日も何も無いのかも。
店先に飾られた大きな帽子がカッコ良かったのだけれど、被ってみたら、そうでも無かった。
胸ポケットから煙草を取り出して、灰皿を探してみたら、何処にも見当たらなかった。不便な世の中だ。

「自転車、買ったんだって?」

蒲田が話しかけてきたのは、空缶を灰皿代わりにして、歩道に座り込んでいる時だった。
「買ったよ」煙を吐き出しながら、答える。確かに先週、自転車を買ったのは事実だ。だが、買っただけだ。
「マジで? どんなん買った? お前、自転車なんか乗るの?」どの質問への答を優先するべきか。
「マジで。折り畳み自転車。別に乗らないけどね」蒲田は笑いながら、空缶を持ち上げる。「意味ないじゃん」

意味なんてない。知っている。僕が自転車を買う事に意味なんて無い。買っても乗らないのだから。
蒲田は空缶の表面に記載された原材料を眺めながら「青色1号って強そうだよな」と呟いた。合成着色料。
C37H34N2Na2O9S3。ラットが大量の青色1号を摂取すると、発癌するらしい。確かに強そうかもしれない。

「昼飯、食った?」煙草の灰を落とそうとすると、蒲田が空缶を差し出した。
「ん、まだ食ってない」世間は春らしく、分厚いコートを脱いだのであろう軽装の女が、目の前を通り過ぎる。
「喫茶店、行かね? 俺、腹減っちゃった」蒲田の空腹など僕には関係無いが、特に誘いを断る理由もない。
空缶の中に煙草を捨てると、僕は息を吐きながら立ち上がった。

「何だよ、自転車、乗ってきたんじゃねぇの?」
「乗ってきてないよ」
「何だよ、意味ね! お前全然、意味ね!」

知っている。残念ながら、僕に意味なんて無い。
自転車を買えば少しは意味が見えるような気もしたが、肝心の自転車にさえ乗っていない。
春は退屈だ。きっと夏も退屈で、秋も退屈だろう。冬が好きだった。僕は、あの町の冬が好きだったんだ。
それが何故か今は、知らない町に住んでいる。上京して三ヶ月。蒲田が僕に付き纏う理由は、よく解らない。

「何、食う?」
徒歩10分かけて到着した割に、そこは普通の喫茶店だった。「ん、カレーライス」
蒲田は「うわ、普通」と厭味なく毒吐きながら、少し大袈裟に手を挙げて、細身のウェイトレスを呼んだ。
「何、食うの?」
「喫茶店と言えばナポリタン!」
細身のウェイトレスは、僕達の会話を聞いているのか、いないのか、テーブルに二杯分のコップを置いた。

「お前さ、何の為にウチの大学に来たの?」
不器用にナポリタンを絡ませながら、蒲田は唐突に訊いた。何の為に?
別に理由なんて無い。高校を卒業すれば大学に進学するのが、自然な流れだと思っただけだ。
自転車を買った事にしても、春になれば自転車に乗るのが自然な流れだと思ったから、買っただけだ。
実際には自転車に乗る事も無く、大学生活に理由を求める事も無い。只、何となく僕はそこに存在している。

「来週、コンパあるんだ、参加しろよ」
「お断りするよ」
「何で?」

ライスの上にカレーをかける時間より、スパゲッティが茹で上がる時間の方が早いとは思えない。
ところが蒲田がナポリタンを半分近く食った頃に、ようやく僕のカレーライスは到着した。
紙ナプキンに包まれたスプーンを手に取りながら、告げる。「面倒くさいから」

「コンパが? 面倒くさい? 何で?」

何でと言われても困る。僕と蒲田では、きっと精神構造が違うのだ。
一ヶ月前に知り合ってからというもの、蒲田の周りには、常に誰かしら人がいる。
蒲田が一人でいる時間というのを、僕はほとんど見た事が無い。蒲田は一人になろうともしない。
それは恐らく、多分、孤独を弄びながら人と関わろうとする、鬱屈した奴等より、ずっと賢い生き方なのだろう。

「お前、本当にワケわかんないな」
「僕は、君がわかんないよ」
「カレー、美味い?」

蒲田は頬杖を付いて窓の外を眺めながら「じゃあ、高広でも誘うかな」と、独り言を呟いた。
誰でも自由に誘ってくれて構わない。僕には関係ない事だ。男友達も、女友達も、僕には必要ない。
春が嫌いだ。これから訪れるだろう夏も、秋も嫌いだ。僕は冬だけが好きだった。あの町の冬が好きだった。

「冬が好きなんだ」

蒲田はフォークを器用に使って、僕のカレーライスを盗み食いしていた。
否、目の前で堂々と行われているのだから、それは盗み食いとは呼べないかもしれない。
「冬が、何だって?」
「好きなんだ」
「へぇ、それで?」
「別に」

あの町の、あの冬に、少し寒そうに歩く彼女が、僕は好きだった。
何故、今、僕は此処にいるんだろう? 理由なんて無いんだ、それが自然な事ならば。
自然に流れていく事柄に、きっと意味なんて求めてはいけない。意味を求めても、きっと答は見付からない。

「お前さ、明日から自転車、乗って来いよ」
「何で?」
「俺が乗ってみたいから」

面白くない冗談だな、と思いながらコップを持ち上げて、僕は水を飲んだ。
人間の体内の何%が、水だったか。何%でも構わない。僕の体内の何%が、何で構成されようと。
彼女は失われた。
それが僕の体内の何%を占めていたのかは知らないが、その事実ならよく知っていて、要するに。

「乗らないよ、面倒だから」

世界の大きさってのを、僕は知りたくないんだ。
自転車に乗ったって、きっと僕は、何処にも辿り着けたりはしないんだ。
ならば初めから、自転車になんか、乗ったりしない方が良い。世界に絶望する前に。

「お前、頭良さそうに見えるのにな」
「何が?」
「意外と馬鹿なんだな、お前」

蒲田は、何時の間にか僕のカレーライスを全て食べ尽くすと、水を飲みながら呑気に笑った。

「面倒だから、自転車に乗るんじゃん」

水を飲み干したコップをテーブルに置くと、紙ナプキンで口を拭いながら、蒲田は身勝手に席を立った。
僕は伝票を手に取って、その身勝手な背中を追う羽目になった。会計を済ませると、蒲田はガムを噛んだ。
一枚を僕に差し出すと「ガム、好き?」と言った。ガムに好きも嫌いも無いような気がする。一枚を受け取る。

「あ、これもかよ!」
蒲田が、ガムを内包したパッケージを眺めながら呟く。「何が?」
包装を剥がしたガムを口に放り込みながら、訊ねる。「青色1号」

C37H34N2Na2O9S3。ラットが大量の青色1号を摂取すると、発癌するらしい。確かに、そうかもしれない。
自然な流れなんだ、それが。春は退屈だ。きっと夏も退屈で、秋も退屈だろう。冬が好きだった。

「青色1号って強そうだよな」

ガムを噛むと、僕の口の中を、果実の香りが広がった。
それは厭になるくらい、春の香りだった。

[ 2010/11/01 01:00 ] 長編:青色1号 | TB(-) | CM(-)
目次
★説明




★短編






★長編小説














★短編






★お笑い








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