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今週の少年ジャンプでは、スケットダンスで号泣しました。
蜜蜂リリィです。

さて、という訳で毎月1日と15日はラジヲの日!という事でね、
本日は【電脳戦艦エレクチヲン】でございます。
早くも第02回でございます。

今回は、ちゅい太君が編集を頑張りました。(編集は毎回交代なのです)
我々の間では「神回」と呼ばれた放送であります。(神回出るの早くね?)
ぜひ聴いて見て触って下さいませ。詳しくはコチラまで。

■電脳戦艦エレクチヲン 第02回
放送開始日:2008.12.01
「名前の話」「ティラミスの話」「心理テストの話」「本日の一曲」etc


☆携帯の人L=http://jp.youtube.com/watch?v=xMeh24Pivck

★名前の話
ちゅい太君の「ちゅい太」という名前の由来。
ちなみに、ちゅい太君の隣にいたのは、男友達です。

★ティラミスの話
今回の放送で一番テンションが上がってる部分。
ちゅい太の編集が神がかってるのですが、深夜にいいオッサンが一人で、
色んな画像をネットで探していたのかと思うと、何だか涙を禁じえません。

★心理テストの話
一番のポイントは「ちゅい太を鼻で笑うオレンジ」です。

★「本日の一曲」補足
M線上のアリアの為に、code2061(蓮火さん)が作ってくれた曲。
サク編より【幼馴染】。

■過去の放送は電脳戦艦エレクチヲン本拠地 まで。

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それにしても最後のモノマネは、
回を増すごとに素晴らしくなってきましたね。

次回放送は12/15の予定!
今回も沢山の感想、待ってます!
特にちゅい太君が待ってます!頼むわホント!

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週末は忙しい。仕事が。
まぁ仕事をしている人であれば「忙しい」と零すのはステータス。
同じく「寝てない」「疲れた」「出逢いが無い」も、働く人のステータス。

爆音ロケンロール
なるものを聴きながら、夜と朝の中間を過ごしている。
The MUSIC で The DANCE。
Take the Long Load and walk it.

僕等は難しい事柄に、眉を顰めて嘆き合う為に、出会った訳では無いよ。
只、話したり、考えたり、触れたりする為に出会った。
あまり複雑にしない方が良い。
君の世界を。

月の綺麗な夜だ。
シリウスから一直線にオリオン。
まったく泣きたくなるみたいな夜だよ、まるで。

僕等の身勝手な言葉のリズムよ、心音を越えてくれないか。
一弦から緊張。緩和を経て融解。
停止して号泣。

楽しい事で笑ったならば、どうか忘れないでおくれよ。
君が笑った、声のこと。
その瞬間に高鳴った、音も無く近付いた、心音のこと。

僕等は何一つ笑えない訳では無いだろう。
悲しい扉を開けたり閉めたりしたって、もう誰も居ないだろうよ。
もう何も無いだろうよ。
だからね、どうか、もう忘れないでおくれよ。
君が笑った、今のこと。

僕等の世界は単純にて明快。
笑う為に笑い、笑う為に泣き、笑う為に怒り、笑う為に憂う。

爆音ロケンロール
なるものを聴きながら、夜と朝の中間を漂うのです。
君を想ってシタタメル、また言葉。
心音を越えない言葉。

越えさせはしないさ。

僕は生きてるからな。

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真央ちゃん、良かったね。

浅田真央がNHK杯のSPで首位に。
僕は別にフィギュア・スケートは詳しくないのだけれど、美しいよね。 そして凛としている人――すなわち不安を抱え、非難に晒され、それでも常に、 それらを乗り越えようとしている人達は綺麗だ。それが女性であれば、尚、美しい。

安易に非難する者は常に愚かである。彼等は常に己を省みない。 批判に責任は伴わず、また責任が伴わないからこそ、批判は成立する。 他人の努力を鼻で笑うのは、やはり無音の批判であり、無責任な嘲笑なのだ。

何が言いたいかというと、まぁインターネット上に散見される下品な批判の数々。 その全てが素人によって行われ、また素人ゆえに無自覚な批判が行われる。 世界で勝負する日本人を、同じ日本人が批判する意味が、イマイチ解らない。

我々には同朋意識が希薄であり、また同胞意識が必ずしも素晴らしいとは言わないが、 下手な演技をしたならともかく、首位の演技をして批判される謂れはあるまい。 それにしても我々は無責任であるし、事スポーツに関しては厚顔無恥である。

五輪で野球が惨敗すれば、普段は野球観戦などした事もない者達まで、 鬼の首を取ったかのように騒ぎ立て、水泳で金メダルを獲得すれば手放しで褒め、 かと思えばサッカーで日本が韓国に負ければ、すぐに「闘志が足りない」と言う。 日本と韓国の因果関係に関しては、やや蛇足であり複雑なので此処では語るまいが。

例えば体育のバスケットボールの時間にレイアップ・シュートを決められぬような人間が、 マイケル・ジョーダンを尊敬するならいざ知らず、コービー・ブライアントを罵倒するなら、 やはり、それは厚顔無恥で、酷く愚かな行為と言える。

否、各人の評価は自由であり、嗜好も自由だ。
また我々には言論の自由があり、思想の自由もある。
問題なのは、我々の思考が下品になる事である。
下品な批判は、やはり下品なのだ。

片や不安を抱え、非難に晒され、それでも常に、それらを乗り越えようとしている。 その生き方は美しく、美しい。時に自分本位に映ろうとも、やはり美しい。 そして、それを卑しく乏しめる行為の、何たる下賎な事か。

例えば「ニコニコ動画」という動画サイトには、 中高生から大学生(下は小学生までいるだろうが)、社会人から中高年まで、 様々な年代の人間が集まっているのだろうが、基本的に、あれは子供の為の場所である。

これは例えば大昔に、漫画という媒体を「子供の為のモノである」と謳った、 当時の大人達の言い分に似た響きを持っていると思うだろうが、実際は、やや趣が異なる。 当時の大人達の多くが、漫画という媒体を子供のモノとして無理解を示し、邪険に扱ったり、 時には有害図書として一斉に焼却した時代があったのとは異なり、現代の我々大人達は、 本来であれば子供達の為のモノを「共有」している。同一視点で楽しむ事が出来る。
(これは「家庭用テレビゲーム」等に関しても同じであろう)

これは非常に良い点であり、また悪い点でもある。
何故ならば、共有してしまっては、教育は簡単には成り立たない。 同じ視点で理解を示すのは大切だが、ずっと同じ視点では導く事が出来なくなる。 これはインターネットの匿名性・覆面性ゆえに発生する共有体と言える事にも繋がるが、 要するに、――ここで話を最初に戻そう。

大人も子供も、一緒になって物事を批判し、一緒になって物事を擁護する。
これは、実は共同体として稀であり、異常である。
それが下品だ、と言っている。

普通、どの国の文化においても、子供は大人の真似をしながら成長する。
大人の言葉を真似、大人の思考を真似る。
大人は、嘗て自分が聞き教わった道徳(昔話や諺である)を、子供に話す。
それが脈々と伝わり、固有の習慣となり、固有の文化になる。
それが(良くも悪くも)教育である。

我々の国に本来、誇るべき習慣と文化があったのは有名な話であるが、
それが今後も脈々と受け継がれるかと問われると、驚く程に希望は薄く、
また受け継がれる事が正しいかと問われると、疑問を抱く人達は多かろう。

さて、まぁ本来、我々の文化には「野次馬文化」というモノもあるし、
同じく陰口・嫉妬・策謀と言った陰湿な文化もある。
無論、共同体を作り出すのも文化だ。

であればインターネット上で行われる下品な会話も、
本来の我々の文化と受け流せば、至極納得のいく話でもある。
奇異な点は一つ。大人が子供を導かない。

子供には子供のコミュニティが発生し、また派生し、
大人には大人のコミュニティが発生し、また派生する。
互いは一定の距離を保ちながら、互いを「うざい存在だ」と牽制する。
その割、匿名性・覆面性のある場所では、同一視線で語り合う。
非常に奇妙な関係である。

余談だが、mixiの年齢規制が緩和されるらしいので、
巷の規模で、このような論議(うざい・うざくない)は起きるのだろう。
どちらでも良い。簡単な事だ。大人が子供を導け。己の責任を放棄するな。
mixiに子供が入ってくるくらいで、ぎゃあぎゃあ騒ぐな。
インターネットは別に、夢の国でも何でもない。無論、パチスロ屋でも無い。

我々がそうこう騒いでる間にも、何処かでスポーツ選手達は、汗を流す。
表現者達は頭を悩ませ、才能に迷い、努力に咽び、涙を流している。
そして我々は、また無責任に、それを嘲るように笑うだろう。
怒り、呆れ、一喜一憂するのだ。それでも良い。

唯、忘れはいけないのは。

しかし、我々もまた、演者だ。
競技者であり、演技者であり、人生の演者だ。
子供達は我々を見て育つべきであり、我々は子供達に見せるべきだ。
恐れ多くも、生きるとはどういう事なのか、を。

其の氷上を、跳べ。

背筋を伸ばすが良い。泣くな。飽きるな。呆れるな。
すなわち不安を抱え、非難に晒され、それでも常に、それでも常に。
それらを乗り越えようとしている人達は綺麗だ。
それが女性であれば、尚、美しい。

そして男であれば、尚、逞しい。

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